カテゴリー別アーカイブ: 001 町口覚

①〈構成〉

『Daido Moriyama:auto Portrait』 Daido Moriyama(bookshopM/2010年)
『Daido Moriyama:auto Portrait』 Daido Moriyama(bookshopM/2010年)

『Daido Moriyama:auto Portrait』
この写真集を作るにあたって町口は、森山大道から300枚の四つ切りプリントを預かった。町口はすぐに、「写り込み」と「影」の写真で構成することを決めた。次に「ベースフォーマット」を決めた(写真の総点数36枚のうち半分の18枚を「影」とし、それを9枚ずつ縦位置と横位置にする)。写真のセレクトにかかったのは、その後である。——これはある意味で、乱暴な写真構成だ。なぜなら通常は、まずプリント群(本作の場合、300枚のプリント)から使用プリントをセレクトし、その「素材」の点数や内容に合わせて「箱」のデザインを決めていくものだからだ。しかし町口の本の作り方は、『Daido Moriyama:auto Portrait』に限らず、「写真集としてやりたいこと」が先行することが多い。町口は「素材」よりも「箱」、つまり「写真」よりも「写真集」に興味があるのだろう。パティシエが美味しいオレンジピールの作成を目指すなかで、オレンジに精通していき、しだいに興味がオレンジそのもののほうへ移っていく。町口の写真への興味はそういったものかもしれない。

②〈模倣〉

『Sunflower』 Daido Moriyama(bookshopM/2011年)
『Sunflower』 Daido Moriyama(bookshopM/2011年)
『Wild Flowers』Joel Meyerowitz(New York Graphic Society Books / Little, Brown and Company/1983年)

『Sunflower』と『Wild Flowers』
町口の「写真集ベスト3」に、『Wild Flowers』Joel Meyerowitz(New York Graphic Society Books / Little, Brown and Company/1983年)が確実に入ると言う。『Sunflower』はそれの模倣だと町口が明かした。『Sunflower』の写真点数が64枚で構成されていは、『Wild Flowers』の63枚を上回りたかったからだそうだ。町口は「写真集を形作る要素の中で「写真点数が最も重要」だと考える。
しかしながら『Sunflower』は、『Wild Flowers』とは、写真/判型/構成、その何もかもが異なる別物として仕上がった。出版年の83年から現在に至るまで、毎晩、枕元に置かれ続けた(に等しい)『Wild Flowers』は、そう言ってかまわなければ町口のモノだ。写真集を「写真の集合」ではなく「写真集という物体」として捉える町口は、Wild Flowers読者のベスト3に入るだろう。仮に『Sunflower』に模倣と言える要素があったとしても、もはやそれは、町口の夢に出るほどの原風景から参照されたものであり、一般的にはオマージュと呼ばれるものではないだろうか。
『Wild Flowers』に限らず、「ブックショップM」の写真集の作りはすべて欧米の写真集から着想されている。初めてのオナニーがヘルムートニュートンだったという町口は「世界の名書」をリアルタイムに体験することを積み重ねてきた。それが、町口覚のリソースのすべてだと言っても過言ではない。「世界の名書」で育ち「世界の名書」を着想して本を作っているのだ。たまたま見かけた洋書を模倣するのとはまったく異なる作り方だろう。

③〈構成〉

『TERAYAMA DAIDO』Shuji Terayama + Daido Moriyama[英][日](bookshopM/2016年)
『TERAYAMA DAIDO』Shuji Terayama + Daido Moriyama[英][日](bookshopM/2016年)

『TERAYAMA DAIDO』は、『スポーツ版裏町人生』寺山修司(新評社/1982)の全3章28節の中から5つの節を抜粋し、森山大道の写真と組み合わせ再編集されている。『DAZAI DAIDO』と同コンセプト、同フォーマットを用い、[英][日]同じ頁構成なるよう文字組を調整している。
文章と写真の関係というのは不可解で、一枚の写真が文章を読み解く大きな手がかりになることもれば、一行のキャプションが写真をまったく別物にすることもある。雑に言ってよければ、文章は映像を、写真は文章を、それぞれ内包しているため、組み合わせによっては、パンと納豆にもラーメンライスになりえるからだろう。それゆえ、組写真で何かしらを綴ろうとする写真集に文章を並べると悪手で終わることが多い。
『TERAYAMA DAIDO』は、寺山の文章内容に合わせた写真セレクトと構成になっている。森山の本としては実にオーソドックスな構成という印象を受けるが、寺山の文章をこれだけ多用しつつ、写真集としての訂を崩していないことに驚愕する。写真の一点一点が、文章の一行一行が、ラーメンライスのようにしっくりと関係し合い、書籍から見ても写真集から見てもこれまでにないつくりになっている。町口の本を仕上げる能力の高さと汎用性が伺える一冊だ。
表紙には森山大道の最も有名な一枚「三沢の犬」を使用した。

④〈印刷〉

『TERAYAMA DAIDO』Shuji Terayama + Daido Moriyama[英][日](bookshopM/2016年)
『TERAYAMA DAIDO』Shuji Terayama + Daido Moriyama[英][日](bookshopM/2016年)

見慣れぬ[キンマリ]
[ハイブリットUV印刷]で印圧をマックスまであげる(通常1.8のところ2.45に)。これは一般的な書籍用紙[キンマリ]の限界を超えており、用紙の表面が剥離してシリンダーに付着する[ムケ]がほぼ全ページに起きる。クライアント仕事では考えられない仕上げだが、クライアント兼デザイナーの町口はそれを良しとする判断が自在にできる。
書籍製作に携わる方はこの本の用紙に違和感を感じるのではないだろうか。見慣れた[キンマリ]では見たことのないくらい強く絞まった墨べたと、その強い印刷に対してまるで文庫版のような軽快すぎるめくり心地という奇妙なバランスからくる違和感。[キンマリ]が新製品の高級ファインペーパーに見えるような造りが、この本の商品性を決定づけているのではないだろうか。

⑤〈構成〉

『NUDE/A ROOM/FLOWERS』Sakiko Nomura(bookshopM/2013)
『NUDE/A ROOM/FLOWERS』Sakiko Nomura(bookshopM/2013)

写真構成とレイアウト
写真集としては比較的珍しい「見開き/写真4点」という構成が、本全体の半分を占めている。「写真点数を多く入れたかったから」と町口は言うが、「多く入れたい」だけでないことは、上二点が部屋/下二点が花、左二点が部屋/右二点がヌード、対角に花とヌード…といった見開き4点の多様な使い道が物語っている。タイトルからわかるように3つのテーマが立てられており、写真構成自体はテーマに沿って素直に組まれている。しかし、この写真集は、いわゆる「写真構成」からはかけ離れた印象を受ける。どんな写真集も必ず構成されているわけで、そこには少なからず(大抵は大きく)構成者の意図が良くも悪くも反映される。たとえば写真を2点並べることによってある意味が生まれ、その写真が単体でもっていた意味を変えてしまうことも少なくない。多くの構成者がこのジレンマと格闘している。

『NUDE/A ROOM/FLOWERS』は、まるで、写真家のブック(またはスリーブファイル)をそのまま見せられているかのような錯覚を覚える。その理由として、見開き4点というフォーマットの影響は大きく、一般的に2点より3点、4点と、点数が多いほうが「構成による意図」は薄まって見えるからだ。しかし本作は構成意図が弱いわけでは決してなく、むしろこの構成意図をページをめくる読者に感じさせる。この不思議な感覚は、おそらく「見開き4点」と「3つのテーマ」という独特の設計バランスから生まれたものだろう。雄しべのような男性ヌード、世帯主のようなドライフラワー、窓(フレーム)を意識する風景——3つのテーマのスキ間を浮遊する野村佐紀子の写真を見せるには、この設計である必要があったのだ。野村佐紀子のプリントを見たときに、町口の無意識下に言語化不能な構成意図が芽生えたのだとすればイヤな男だ。
『NUDE/A ROOM/FLOWERS』は、写真、というか写真集そのものが構成のジレンマから逃れられている希少な写真集だ。

『NUDE/A ROOM/FLOWERS』Sakiko Nomura(bookshopM/2013)
見開き四点の構成

⑥〈製本〉

『Dazai Daido』Osamu Dazai + Daido Moriyama[英][日][中](bookshopM/2014年)
『Dazai Daido』Osamu Dazai + Daido Moriyama[英][日][中](bookshopM/2014年)

小口、天、地、の[ガリ入れ]
製本で、背の糊の付きを良くするために行われる[ガリ入れ]という工程がある。束ねた本文の背を大型ののこぎりのような刃で刻み、ギザギザの状態にする。町口はこの[ガリ入れ]を、本文の小口、天、地、の三方に入れた。本文断裁面の三方がざらざらとした断面に仕上がる。ページをめくるときに必ず触れる小口のその小さな感触が読書体験を変える。
「パリジェンヌに、ほらめくってって触らせると買ってくれる。なにかひとつ、が効くんすよ」(町口)

⑦〈設計〉

『Dazai Daido』Osamu Dazai + Daido Moriyama[英][日][中](bookshopM/2014年)
『Dazai Daido』Osamu Dazai + Daido Moriyama[英][日][中](bookshopM/2014年)

同フォーマット
『Dazai Daido』は[英語版][日本語版][中国語版]の三種類がつくられた。最初にデザインしたのは英語版だ。それぞれ文字量の異なる本文を、文字組のサイズと行間の調整によって同じページ数に収め、[日版][中版]にも[英版]の写真の版をそのまま流用できるように設計した。ちなみに版面も[英版][日版][中版]でそろえている。写真版の墨は印圧を上げるために、本文の墨版を別にもうけ、墨(写真)+薄墨(写真)+墨(本文)の三色刷りとした。

⑧〈フォント〉


『STARS AND STRIPS』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)

変動する本文組
『Dazai Daido』の本文組は、英文:[Garamond] 和文:[筑紫平体2] 中国語:(確認中)。
文字サイズ、行間を文字量に合わせて調整し、同一版面に流し込むという大胆な本文設計だ。翌2015年につくられた『TERAYAMA DAIDO』も同様の設計だが、文字組の設計、日英版の関係性などの完成度は格段に上がっている。同じことを繰り返すことで完成度を高めるのは重要だろう。
表紙タイトルの英文などには「嶋田モンセン応分書体清刷集」の書体を多用している。簡略化されたデジタルフォントと優等生的な字詰に慣らされた現在の目から見ると、町口のオーソドックスな書体選定と、「ツメツメ」の字間(80年代大流行)は、ブックショップMのひとつの特徴となったのではないだろうか。

⑨〈グリッド〉

3の倍数
「おおよその書籍が3×3mmの正方形グリッド」(町口)
「それはグリッドでなく方眼」(松本)
町口は、A列の判型を完全に割り切れるグリッドとして3mmグリッドを活用する。ブックショップMの本を実測してみたところ、確かに、3mm、6mm,9mm…と、3の倍数の数値が非常に目立つ。均等割の正方形グリッドの場合、紙面を7分割から15分割するのが一般的な方法と言われているが、対して町口のやり方——A4を3mmグリッドで分割すると、短辺70分割、長辺99分割という珍しい細かさになる。
「本文設計というより、写真のためのグリッドとして活用してる」(町口)
写真トリミング、ページに対する図版のバランス基準としての方眼グリッドであればこの細かさは納得がいく。
以前、立花文穂に8×10カメラ購入の動機を聞いたところ、
「卓上活版印刷機のサイズとほぼ同じだったから」(立花文穂)
と即答し、
「6pの活字を置いてくように、8×10のファインダーに光の粒子を配置するように撮影する」
と続けた。
活版のポイントがひとつの単位として確立されている立花文穂らしい言葉だ。

⑩〈設計〉

『encounter』Katsumi Omori(bookshopM/2007年)
『encounter』Katsumi Omori(bookshopM/2007年)

菊版Z折
ブックショップM初の写真集は『encounter』Katsumi Omori(bookshopM/2007年)だ。
写真集が商品として立ち行かなくった00年代、町口は用紙の協賛を得てこの本を出版した。協賛に応じてくれたのは韓国のトリパイン社。[トレイディング トリパイン シルク 菊判縦目]という珍しい仕様の用紙を提供してくれた。逆に言えば使い勝手の悪い菊判縦目を掴まされたわけだ。
町口は菊版縦目2枚でつくれる写真集を設計した。
『encounter』の300×285mm(1:1.052)という12incアナログ盤に近い判型は、菊判[Z折]で12頁をギリギリ取ることができる。菊判2枚で24頁の本文をまかない、表紙は菊判1枚から3面取っている。[Z折]は本文がヨコに3枚並ぶので[片観音(3連頁)]にすることができる。本文に[片観音]を挟み込み、24頁という少ないページ数でありながら、立体的な構成にできるよう設計されている。
12incアナログ盤判型24頁というこの造本仕様は、後に用紙とサイズを若干変えブックショップMの定番シリーズとなった。