④〈印刷〉

『TERAYAMA DAIDO』Shuji Terayama + Daido Moriyama[英][日](bookshopM/2016年)
『TERAYAMA DAIDO』Shuji Terayama + Daido Moriyama[英][日](bookshopM/2016年)

見慣れぬ[キンマリ]
[ハイブリットUV印刷]で印圧をマックスまであげる(通常1.8のところ2.45に)。これは一般的な書籍用紙[キンマリ]の限界を超えており、用紙の表面が剥離してシリンダーに付着する[ムケ]がほぼ全ページに起きる。クライアント仕事では考えられない仕上げだが、クライアント兼デザイナーの町口はそれを良しとする判断が自在にできる。
書籍製作に携わる方はこの本の用紙に違和感を感じるのではないだろうか。見慣れた[キンマリ]では見たことのないくらい強く絞まった墨べたと、その強い印刷に対してまるで文庫版のような軽快すぎるめくり心地という奇妙なバランスからくる違和感。[キンマリ]が新製品の高級ファインペーパーに見えるような造りが、この本の商品性を決定づけているのではないだろうか。

⑤〈構成〉

『NUDE/A ROOM/FLOWERS』Sakiko Nomura(bookshopM/2013)
『NUDE/A ROOM/FLOWERS』Sakiko Nomura(bookshopM/2013)

写真構成とレイアウト
写真集としては比較的珍しい「見開き/写真4点」という構成が、本全体の半分を占めている。「写真点数を多く入れたかったから」と町口は言うが、「多く入れたい」だけでないことは、上二点が部屋/下二点が花、左二点が部屋/右二点がヌード、対角に花とヌード…といった見開き4点の多様な使い道が物語っている。タイトルからわかるように3つのテーマが立てられており、写真構成自体はテーマに沿って素直に組まれている。しかし、この写真集は、いわゆる「写真構成」からはかけ離れた印象を受ける。どんな写真集も必ず構成されているわけで、そこには少なからず(大抵は大きく)構成者の意図が良くも悪くも反映される。たとえば写真を2点並べることによってある意味が生まれ、その写真が単体でもっていた意味を変えてしまうことも少なくない。多くの構成者がこのジレンマと格闘している。

『NUDE/A ROOM/FLOWERS』は、まるで、写真家のブック(またはスリーブファイル)をそのまま見せられているかのような錯覚を覚える。その理由として、見開き4点というフォーマットの影響は大きく、一般的に2点より3点、4点と、点数が多いほうが「構成による意図」は薄まって見えるからだ。しかし本作は構成意図が弱いわけでは決してなく、むしろこの構成意図をページをめくる読者に感じさせる。この不思議な感覚は、おそらく「見開き4点」と「3つのテーマ」という独特の設計バランスから生まれたものだろう。雄しべのような男性ヌード、世帯主のようなドライフラワー、窓(フレーム)を意識する風景——3つのテーマのスキ間を浮遊する野村佐紀子の写真を見せるには、この設計である必要があったのだ。野村佐紀子のプリントを見たときに、町口の無意識下に言語化不能な構成意図が芽生えたのだとすればイヤな男だ。
『NUDE/A ROOM/FLOWERS』は、写真、というか写真集そのものが構成のジレンマから逃れられている希少な写真集だ。

『NUDE/A ROOM/FLOWERS』Sakiko Nomura(bookshopM/2013)
見開き四点の構成

⑥〈製本〉

『Dazai Daido』Osamu Dazai + Daido Moriyama[英][日][中](bookshopM/2014年)
『Dazai Daido』Osamu Dazai + Daido Moriyama[英][日][中](bookshopM/2014年)

小口、天、地、の[ガリ入れ]
製本で、背の糊の付きを良くするために行われる[ガリ入れ]という工程がある。束ねた本文の背を大型ののこぎりのような刃で刻み、ギザギザの状態にする。町口はこの[ガリ入れ]を、本文の小口、天、地、の三方に入れた。本文断裁面の三方がざらざらとした断面に仕上がる。ページをめくるときに必ず触れる小口のその小さな感触が読書体験を変える。
「パリジェンヌに、ほらめくってって触らせると買ってくれる。なにかひとつ、が効くんすよ」(町口)

⑦〈設計〉

『Dazai Daido』Osamu Dazai + Daido Moriyama[英][日][中](bookshopM/2014年)
『Dazai Daido』Osamu Dazai + Daido Moriyama[英][日][中](bookshopM/2014年)

同フォーマット
『Dazai Daido』は[英語版][日本語版][中国語版]の三種類がつくられた。最初にデザインしたのは英語版だ。それぞれ文字量の異なる本文を、文字組のサイズと行間の調整によって同じページ数に収め、[日版][中版]にも[英版]の写真の版をそのまま流用できるように設計した。ちなみに版面も[英版][日版][中版]でそろえている。写真版の墨は印圧を上げるために、本文の墨版を別にもうけ、墨(写真)+薄墨(写真)+墨(本文)の三色刷りとした。

⑧〈フォント〉


『STARS AND STRIPS』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)

変動する本文組
『Dazai Daido』の本文組は、英文:[Garamond] 和文:[筑紫平体2] 中国語:(確認中)。
文字サイズ、行間を文字量に合わせて調整し、同一版面に流し込むという大胆な本文設計だ。翌2015年につくられた『TERAYAMA DAIDO』も同様の設計だが、文字組の設計、日英版の関係性などの完成度は格段に上がっている。同じことを繰り返すことで完成度を高めるのは重要だろう。
表紙タイトルの英文などには「嶋田モンセン応分書体清刷集」の書体を多用している。簡略化されたデジタルフォントと優等生的な字詰に慣らされた現在の目から見ると、町口のオーソドックスな書体選定と、「ツメツメ」の字間(80年代大流行)は、ブックショップMのひとつの特徴となったのではないだろうか。

⑨〈グリッド〉

3の倍数
「おおよその書籍が3×3mmの正方形グリッド」(町口)
「それはグリッドでなく方眼」(松本)
町口は、A列の判型を完全に割り切れるグリッドとして3mmグリッドを活用する。ブックショップMの本を実測してみたところ、確かに、3mm、6mm,9mm…と、3の倍数の数値が非常に目立つ。均等割の正方形グリッドの場合、紙面を7分割から15分割するのが一般的な方法と言われているが、対して町口のやり方——A4を3mmグリッドで分割すると、短辺70分割、長辺99分割という珍しい細かさになる。
「本文設計というより、写真のためのグリッドとして活用してる」(町口)
写真トリミング、ページに対する図版のバランス基準としての方眼グリッドであればこの細かさは納得がいく。
以前、立花文穂に8×10カメラ購入の動機を聞いたところ、
「卓上活版印刷機のサイズとほぼ同じだったから」(立花文穂)
と即答し、
「6pの活字を置いてくように、8×10のファインダーに光の粒子を配置するように撮影する」
と続けた。
活版のポイントがひとつの単位として確立されている立花文穂らしい言葉だ。

⑩〈設計〉

『encounter』Katsumi Omori(bookshopM/2007年)
『encounter』Katsumi Omori(bookshopM/2007年)

菊版Z折
ブックショップM初の写真集は『encounter』Katsumi Omori(bookshopM/2007年)だ。
写真集が商品として立ち行かなくった00年代、町口は用紙の協賛を得てこの本を出版した。協賛に応じてくれたのは韓国のトリパイン社。[トレイディング トリパイン シルク 菊判縦目]という珍しい仕様の用紙を提供してくれた。逆に言えば使い勝手の悪い菊判縦目を掴まされたわけだ。
町口は菊版縦目2枚でつくれる写真集を設計した。
『encounter』の300×285mm(1:1.052)という12incアナログ盤に近い判型は、菊判[Z折]で12頁をギリギリ取ることができる。菊判2枚で24頁の本文をまかない、表紙は菊判1枚から3面取っている。[Z折]は本文がヨコに3枚並ぶので[片観音(3連頁)]にすることができる。本文に[片観音]を挟み込み、24頁という少ないページ数でありながら、立体的な構成にできるよう設計されている。
12incアナログ盤判型24頁というこの造本仕様は、後に用紙とサイズを若干変えブックショップMの定番シリーズとなった。

⑪〈印刷〉

『すべてははじめておこる』Katsumi Omori(bookshopM/2011年)
『すべてははじめておこる』Katsumi Omori(bookshopM/2011年)

オフとUV
ブックショップMの写真集のほとんどが[ハイブリットUV印刷]で刷られている。[ハイブリットUV]は[オフセット印刷]用インクを混合して印刷できる。インクの発色が良くないという[UV印刷]の欠点を、完全とは言わないが解消している。印刷面が乾燥した状態で刷り上がる、ドライダウンがほとんどない、といった[UV印刷]の利点はほぼそのままだ。町口が好んで[ハイブリットUV]を使うのは、インクの乾燥や写りを気にしなくてよいため印圧を限界まで上げることが出来るからだ。とにかく町口はインクを盛る。
『すべてははじめておこる』Katsumi Omori(bookshopM/2011年)『STARS AND STRIPS』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)『incarnation』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)『Bonjour』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)『encounter』Katsumi Omori(bookshopM/2007年)はすべて[オフセット印刷]で刷られている。発色だけでなく用紙とインクのなじみも良い。
「大森のこのやわらかい光はオフでないと無理」(町口)
オフセットで印圧やインクの盛りを上げる場合、刷り上がりを重ね置きするときに使われる[ゲタ]の割合を増やすことで写りを極力少なくする。
ちなみに『encounter』は700線で印刷されている(印刷:文化同印刷)。情報量が多いと言われる大森克巳写真の再現性を高めるためだ。

⑫〈写真〉

『STARS AND STRIPS』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)
『STARS AND STRIPS』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)

『incarnation』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)
『incarnation』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)

『Bonjour』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)
『Bonjour』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)

一作家一年三冊

『STARS AND STRIPS』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)『incarnation』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)『Bonjour』Katsumi Omori(bookshopM/2009年)は、ブックショップMによる菊2枚フォーマット大森克己3部作だ。このシリーズの先駆けとして、『encounter』があったのではないか。『encounter』は、事務所にこもる町口に花見気分を味わわせるため、毎年4月、桜を撮影した35mmポジを持ってくる大森の「桜の花がほとんど写っていない」スリーブから生まれたものだ。
『STARS AND STRIPS』は2009年1月、大森は「エグルストン写真展」のために訪れたワシントンで、たまたまオバマの大統領就任式に出くわし、街頭放送に群がる群衆を収めたもの。『incarnation』は、同年8月に、渋谷のハチ公前交差点の群衆をモチーフに『STARS AND STRIPS』を〝撮り直し〟たもの。『Bonjour』は同年10月、アトリア海の孤島のうさぎをアウトフォーカスで追った謎の写真集である。
これらが大森克巳による旅の断面シリーズとして、「1+3部作」に見えるのだ。そして、このシリーズが『すべては初めて起こる』(bookshopM/2011)まで続いているように思う。これについて町口の考えを聞きたかったが、今回は時間が足りなかった。いつか大森克巳も交えて、メインタグ〈写真〉の会を開きたい。

⑬〈用紙〉


『Self-image』蜷川実花(bookshopM/2014年)

紙を抄く
『Self-image』の本文は、王子Ftex[OKミューズガリバー グロスCOS ハイホワイト 菊Y目135kg]だ。原美術館で行われた展覧会『蜷川実花:Self-image』(原美術館/2014年)の図録では、[OKミューズガリバー]全7種を使用するという大盤振る舞いだ。
[OKミューズガリバー]は菊のY目T目をそろえる充実したラインナップのファインペーパーで、町口はこの用紙開発に携わった。色味/しなり具合を決定する役割を町口は担当した。
[OKアドニスラフ]の開発にも町口は携わった。[OKアドニスラフ]は、新聞用紙専門の苫小牧工場の製造ラインを使い、木材パルプを材料とした安価なラフ非塗工紙だ。軽さ、印刷特性、そしてその風合いから高い評価を得ており、ラフ非塗工紙独特の「紙焼け」という悪しき特性もまた良しとされている。また、確実にシェアを広げるpod印刷機「Indigo」は、適正用紙の少ない気難しい印刷機としても有名だが、「OKアドニスラフ80」は「印刷適正優良」と判断された。
[アンデス][OKハイランド][かなりや]といった、80年代に流通していた〝使えるラフ非塗工紙〟は、現在はほとんどが廃盤となっている。[OKアドニスラフ]は現在の〝使えるラフ非塗工紙〟だろう。

町口のよく使う書籍用紙
キンマリ/OKプリンス/金藤片面/OKシュークリーム/いしかり
並べるとどれもいたって一般的な用紙だ。